聖殿のニュース

劉正玉会長「原理本体は本性相と本形状の統一体」

Author
fujio kim
Date
2020-10-24 10:40
Views
80


☯原理本體는 本性相과 本形狀의 統一體
(韓国語, 4分)
https://youtu.be/pZ01t9BARN8

原理本体論。立場は2つです。本体は御一人ですが、今まで(いくつかある)原理的表現による属性を学んで来ました。形相・性相もハナニムの属性です。ハナニムがおられるので、属性という言葉が出て来るのです。(例:花があってこそ美しいという属性が出て来る)

それで、原理本体論は原因的な立場から見るとき、エナジーの本体であり、すべての被造世界を創造した創造主として主体になり、よって、絶對(絶対)唯一な存在として御一人でおられるハナニムである。

結果的な立場から見る時には、本性相と本形状の統一体として、「統一された唯一者」。性相と形状の属性も統一体です。本来、本体は御一人だけれども、その中の属性が形状・性相だと言いました。原因的立場から見た原理本体は、エナジーの本体として唯一な存在であるハナニムであられる。一つとなった統一的主体としての唯一者であられる。

しかし、結果的な立場から見た本体は、本性相と本形状の二性性相の統一体である。結果を見ても統一体である。

性相・形状は属性であるけど、ハナニムは心・体からなっているので、心・体の統一体である。この時、性相と形状は精神と物質、無形と有形が結果的に見れば、二元論と言う事が出来る。従来の哲学観がそうでした。現れるのは二元論的に見るという事です。

もし原理的本体の性相と形状が、無形と有形、精神と物質が異質性であるならば、二元論として葛藤・対立・闘争が起こるようになる。そのようになるならば、ハナニムの創造理想、平和・統一・幸福の理想世界は成されない。

従って、原理本体は絶對唯一者、ただ御一人、ハナニムであられる。(家庭聯合が主張する)ハナニムがアボジがおられているから、ハナニムにオモニもあるべきとか、メシアにアボジがあるから、メシアにオモニがあるべきとかと言うのは間違った事である。

「獨生子(ドクセンジャ=神の一人息子)があるから、獨生女(ドクセンニョ=神の一人娘)がある」というのは、その名前は教える事ができる。しかし、それ(本体にアボジとオモニの二人がある事)を主張する事はできない。「男子があって女子がある」 というのは当然であるが、 女子が主体となっては ならないという事だ。従って、今日(こんにち)、韓鶴子(ハンハクジャ)オモニが「獨生子(ドクセンジャ)がいるなら、獨生女(ドクセンニョ)が来なければならない」「獨生女(ドクセンニョ)が誰か? 」「(韓氏オモニが)自分だ」と言うのです。しかし、それを今、来られたメシアの前に(メシアによって選ばれた)獨生女ではなく、二千年前に獨生子(ドクセンジャ=神の一人息子)がいて、「イエスニムが獨生女を探す事が出来ず、基督教の二千年の歴史が獨生女を探す歴史であった」と(家庭聯合では)見る。

しかし、基督教歴史は「メシアが再び来られる」「イエスが再び来られる」と言ったのであって、「獨生女(ドクセンニョ)が再び来られる」という言葉はない。しかし、そのように(韓氏オモニが)言っているのは間違った話しだという事だ。

「原理本体が御二人であるから、二元論」を主張するなら、原理本体が二つであるなら、葛藤と対立は継続されるであろう。そうすれば、存在世界に平和理想世界は来る事は無い。

また(この世で)男性と女性を性を中心として平等であると主張するのはこれも間違っている。なぜ?男子と女子の平等は、性を中心とした平等ではなく、この御言葉の通り、「愛の平等であり、人格の平等である。喜びと満足の平等である」と言いました。「男性と女性の平等」はありえない。万一、「性を中心とした性平等」を主張するなら、現実世界にてもっとも問題となる性問題の解決が出来ず、フリーセックスや同性愛、同性結婚を解決する事は出来ない。「絶對『性』を中心とした真の家庭理想」であるのに、真の家庭理想も實現(実現)する事が出来ない。

サタンはハナニムの理想を立てさせないようにこれ(二元論)を言うのです。従ってこのような理論は原理にもない間違った理論であり、間違った愛であり、このような主張をするのは、原理を確実に分からず、原理の本体であるハナニムを確実に細かく分からないからそうなるのである。ハナニムが分からないからそうなるのである。
Total 0