ペンシルベニア本部礼拝・세계본부예배

佐藤顕会長「テキサスへの道」

Author
fujio kim
Date
2021-02-11 08:18
Views
40


時:2021年2月10日水曜日
場:韓国語禮拜
所:ニュ-ファウンドランド本部

テキサスへの道に同行させて頂いて本当に心から感謝しております。

私がアメリかに来たのは1月5日でしたけれども、1月5日に来て一か月が過ぎました。でも、この一か月間、本当に非常に色んなことがあったらという風に思っています。1月6日のワシントンDCでの出来事にも参加させていただきました。

そしてその後にまさか、自分の人生の中においてアメリカに来て、ペンシルベニアとテキサスの間を2往復するようなそのような状況が生まれるとは本当に夢にも考えておりませんでした。

その1月6日に大きな大逆転があって、そして、トランプ大統領が大統領として再任されるそのような状況になるのではないかというふうに非常に大きな期待感をもって、あのワシントンD.C.に参加させていただきました。

しかしながらワシントンDC国会議事堂の中において、歴史の中に残るような大きな禍根が送ってしまったような状況が展開していたとは夢にも知りませんでした。国会議事堂が破壊されて、そしてその中に民衆がなだれこむ。両院議員総会を台無しにしてしまうといったようなそのような状況が起こってしまいました。

トランプはとんでもない男だというふうなそういうふうにマスメディアが一斉に書き始めて、そして、「ワシントンDCに集まりなさい」とトランプ大統領が語ったそのことが大きな問題という風になって捉えらえられて、その後いろんな状況が展開していたというふうになったわけですで

1月10日だったでしょうか、二代王様が祈りの時だったのか礼拝の時だったら、「テキサスに行きなさい」という風なそのような啓示を御父様から受けた指示を受けたという風に伺ったことがありました。

おそらくその指示を受けた瞬間、すぐ、王様はテキサスへの道を考えたんだろうというふうにそのように思いました。躊躇するそのような余裕も時間もなかっただろうというふうに思います。すぐテキサスでどのような土地があるのかを開拓して、そこに行くという事を亨進二代王様と國進(クッチン)様が心を一つにして、おそらく開拓されたんだろうという風に思います。

その二人の中でちょっとの心の隙間でもあれば、そのようなテキサスへの道は開かれなかったのではないかと思いますけども、王様も國進(クッチン)監査院長様も本当に御父様を中心として、勝利されたカイン・アベルが本当に一つになってテキサスへの道を開拓されたんだなという風に思いました。

そしてまだ1月20日まで戦いが残っているという状況であるにもかからず、食口達を動員して、「テキサスに行くように」、ここに残ってる食口達全員、日本の食口も韓国の食口もアメリカの食口も、「全員がテキサスに行くように」指示をされました。

テキサスに行って何をするのかなという風に思ったんですけども、ある公園のようなところに行って、礼拝を捧げて帰ってくる。ただ、それだけの出来事でした。

そして、今の候補地のレイク ライムストーンというその地域に行って、「ここを購入するんだ。そして、ここを購入して、新しくここに拠点を見出すんだ」というそのような指示を王様がされていったわけです。

そのような中において、私達がまたペンシルベニアに戻って参りました。

そして今回の1月25日からの出来事(テキサス)があったわけです。まさか、自分もそこに参加させていただけるとは本当に思ってはおりませんでした。しかし、李相烈(イーサンヨル)会長より、佐藤も行くようにと言われました。

もし、その言葉がなければ、私は一旦日本に戻っていたかもしれないなという風に思いますけれども、李相烈会長に同行させて頂き、私と娘婿の宋和俊(ソンファジュン)君と一緒に、わずか15人の中のチームの中に私達も参加させていただくというそういう風な本当にありえないような恵みにあずかることができました。

私は非常にその中において感じたのは、2月1日だったでしょうか、「韓国語礼拝をしなければいけない」と王様が礼拝をされたんですが、その礼拝の時の非常に大きな印象になって残っています。

聖書のヘブル人への手紙を用いながら、「もし、あなた方が神の御声を聞いたんならば、昔、荒野で多くの人たちがその御声に逆らっていたような、そのようなことではなくて、その御声に従って行かなければいけないのだ」と言うヘブル人の第3章7節8節の御言葉、これを使われながら、王様がどんな話をされたかと言うと、

神の唯一性ということについて話をされました。キリストイエス様は唯一なる神の子であると、その唯一なる神の子であるその唯一性は、御父様も同じなんだと。御父様も同じ神の子なんだという話をされました。

ですから御父様とそれからイエス様は唯一なる神の子である。そして、その唯一なる神の子であると同時に、同一なる存在なんだという唯一性と同一性という話をされました。非常に興味深い話をされたわけです。

その唯一性と同一性を持った神様は、これは旧約時代を導いた神様でもあるんだと。聖書の中にある神様は、イエスの父であり、御父様の父であり、それは同一なる存在であるんだという話をされたんですね。非常に感動いたしました。

その同一なる神様が、その同一性の延長線の中に亨進二代王様もおられるんだなということをとても感じました。

それで、亨進二代王様の語る事、あるいは指示事項、あるいは行動されること、一つ一つ、それはある意味においては、現在のキリストに類似する、同一視される、そのようなものがあると。キリストがそこにいて結局は人類救済の道を開いているんだなという風にそのように思いました。