winter (126)

2013/12/11(水曜日)

*2013/12/11(水曜日)
*天一国元年 天歴11月9日

~ 今日のみ言葉 ~

“今から皆さんは初代教会の動きを手本としなければなりません。そうでなければ、天倫に責任を負い神様の審判の行使を代身すべき終末の聖徒達である皆さんに、世界的に許された天の福を任せる事が出来ません。”

(み旨の道ー教会生活ーより)

[?][?]おはようございます [?]

静かな水曜日の朝です。遠くでカラスが鳴いています。最近はあまりスズメを見かけません。スズメは見かけなくなると寂しく思う鳥です。

今朝のみ言葉の中で初代教会という言葉がありますが、初代教会とはどのような教会時代だったのでしょうか?

それは、身を寄せあって生活した家庭的な初期の心情溢れる教会だったに違いありません。
一人一人がそれぞれを大切にして、互いの課題を自分の課題のように考え行動し、ともに笑いともに泣いた一家族理想に包まれた教会だったでしょう。

何故初代教会でなければならないのでしょうか?天倫に責任を負うためだというのです。神様の審判の行使をするためだというのです。

神様が審判の行使をする場合、どのような基準を条件としてなさるのかと言うならば、それは善を基準としたものでなければなりません。善でなければならないのです。その善の基準を初代教会時代には見てきた神様ではなかったか?と思うのです。

原理本体論を学ぶ私達は、今は少数派であり、初代教会時代と言っても過言ではありません。
劉サンヨプさんは本当に心情家族の世界を重んじます。口癖のように“家族ですから!”と語ってくださいます。私達をかき抱いてくださいます。

皆さん、真のお父様は最終的な原理本体論を顕す為にご苦労されたと言っても過言ではありません。その原理本体論が教会では疎んじられています。これは寂しいことです。

中心的な組織体である統一教会がそれを学ばないために、原理本体論を奉じ立てて学ぶ私達はいつしか少数派のような、初代教会のような立場に立っています。
神様はどこに干渉できるでしょうか?

今週初め私は韓国でした。少ない数ですが1000冊の本の拡大を劉会長は喜んでくださいました。会長の言葉を通じて、原理本体論は再臨のメシヤ文鮮明先生によってもたらされた人類救済の最終的な真理だと再度確認しました。このみ言葉でなければなりません。

皆さん、初代教会時代のような私達ですが助け合って前進して行きましょう。そして更なる訓読教育拡大運動を促進化させて行きましょう。