✳️2019年2月18日(月曜日)

✳️2019年2月18日(月曜日)
✳️天基10年・天暦1月14日

🔷今朝のみ言葉🔷
ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時こそ、わたしは強いからである。

(新約聖書.コリント人への第二の手紙.第12章9-10節より)

[山口聖殿ニュース]

2️⃣ おはようございます。🌄⛷🦌🧤
こちら山口は、梅の花が咲き、庭先にはネモフィラの原種のような青い小さな花も大地を飾り始めました。しかし、北国の大地には雪が積もり、いつ春が来るのだろうかというほど雪に閉ざされているのかもしれません。
確かに私達が去った後、ペンシルベニアのニューファンドランド周辺には雪がどっと降り積もり、再び白一色の荒涼たる大地へと閉ざされたと伺います。
さて今朝の聖句は、第二コリントの一節に目が止まりました。ここには、キリストがパウロに語った言葉が紹介され、パウロが自分の弱さに直面した時に、キリストの力と栄光とが現れるといったことが書かれています。
実際私達が、み旨の道に立とうとすればするほどに、自分の弱さに直面し行き詰まり状態に陥り兼ねません。こんな状態になれば、惨めさと悲しさに襲われて自分自身をさえ見失いかねません。後戻りして、キリストに背を向けて、立ち去りたい思いにかられるほどの弱さに叩きのめされるような時もあることでしょう。
イエス様はどうだったでしょうか?ユダが裏切り、ペテロが眠れば、十二弟子の基台も崩れ、それを自分の弱さと見れば弱さでもあります。残された道は十字架以外に無いとしても、イエス様は、その弱さを受け入れながらも堂々と神の栄光を表して行く道に進んで向かって行かれました。
私達が自分の弱さを感じている時、神も弱いかと言えば決してそうではありません。神様は、弱さを痛感して苦しむ私達に、栄光と勝利とを与えたい神様であるのです。その弱さの中に立つ時にこそ、神の無限の恩寵が現れて来るのです。アメイジンググレイス!ハレルヤ!
戦場喊声、バトルクライ、です。
私達が弱い時こそ、私達は強いのです。
何故なら、神様が共にあってくださるから…。
良き一週間でありますように!祈り!