✳️2019年1月31日(木曜日)

✳️2019年1月31日(木曜日)
✳️天基9年・天暦12月26日

🔷今朝のみ言葉🔷
「シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」。シモンが言った、「主よ、わたしは獄にでも、また死に至るまでも、

あなたと一緒に行く覚悟です」。するとイエスが言われた、「ペテロよ、あなたに言っておく。きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」。
(新約聖書.ルカによる福音書.第22章31-34節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣ おはようございます。🌅🎍☃️🐇
今日1月31日、1月の最後の日です。そして天暦の26日、真の神の日がいよいよ近づいてきました。
今朝の聖句は、皆さんよくご存知の、イエス様の最後の晩餐におけるペテロとの会話の場面です。どうしてこのような聖句になったのかわかりませんが、この聖句が目に入ったので、この聖句にしました。
シモン、シモン!と語りかけ、止むを得ないサタンの攻勢と侵入を認めざるを得ない立場に立ったことを話しながら、シモンに対し、それでもあなたが立ち直った時には、兄弟たちを力づけてやりなさい!とイエス様が激励するのです。
すると、状況を飲み込めていないペテロはイエス様に語ります。死の果てまでもあなたと共にある!…と。するとイエス様は、あなたは鶏が鳴くまでに三度わたしを否認するであろうとペテロに告げるという劇的な場面ですが、漁師の立場からイエス様に出会って俄仕立ての使徒になったペテロでは、結局イエス様の内情と心情には触れるに至っていなかったと言わざるを得ないのかも知れません。
しかしながらこの場面はまた、身に迫る状況を確認しつつ全てを洞察して行かれるイエス様の凄みを感じさせる驚くべき場面でもあるのです。
この句を読みながら、私達は何を考えて行くべきでしょうか?
それは、イエス様と弟子たちとの寄って立っている立場の次元の違いであるのかも知れません。弟子たちには、見えていると思っているはずのイエス様が実は見えていなかったのであり、理解していると思っていたイエス様が、実は理解できていなかったのです。
それは、再臨の真のお父様であったとしても同じことかも知れません。誰よりもお父様を知っている!誰よりもお父様を理解している!と自負する者達は、家庭連合にはとても多いのですが、その人達が、正しくお父様に従い、お父様の願いの中に生きているのかと言えば、はなはだ疑問であると言わざるを得ないのです。
しかしそれは、サンクチュアリの私達でさえも同じことが言えるのかも知れません。どれだけ亨進二代王様を知り、どれだけ亨進二代王様を理解しているのかと考える時、正しく自分は亨進二代王様と共にあると言える者がどれほどいるのかと思うのです。
ペテロは一つの教訓です。私達はペテロの轍を踏んではならないのです。それはとても難しい道ではあるのですが、いたずらにサタンに振り回されずに、しっかりとしたシモン・ペテロとならなければなりません。そうして、イエス様の祈りを受け止めて、私達自身を立ち直らせて行かなければなりません。