✳️2019年1月30日(水曜日)

✳️2019年1月30日(水曜日)
✳️天基9年・天暦12月25日

🔷今朝のみ言葉🔷
さて、これらの人々はみな、信仰によってあかしされたが、約束のものは受けなかった。神はわたしたちのために、さらに良いものをあらかじめ備えてくださっているので、わたしをほかにしては彼らが全うされることはない。

(新約聖書.ヘブル人への手紙.第11章39-40節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣ おはようございます。🌅🎍☃️🐇
今朝まだ暗き夜空に、星が点々と散らばり三日月が煌々と輝いています。外はキッパリと寒い冬の空気です。
今朝の聖句は、復活論の中で紹介される聖句の一つですが、とても意味深い内容の一節です。
これらの人々とは、モーセであったりアブラハムであったりという旧約時代に活躍した信仰のエリート達です。しかしそれらの人々でさえも、約束のものは受けなかったという内容です。
約束のものとは何でしょう?神様は人間に何を約束されたというのでしょうか?
神様からいただいた約束であるとするならば、どれほど素晴らしい約束であるか計り知れないのですが、旧約時代の人々はその約束のものは受けられなかったというのです。
しかも、新約の時代に至っては、さらに良いものを備えてくださっているというのですが、それならば、なおさら成約時代に至っては、より一層に優れた賜物を神様は私達に用意されていると見ることができるでしょう。
そうしてさらに深い内容とは、彼ら旧約時代の人々や新約時代の人々が全うされるためには、私達の存在が不可欠だとされる観点です。私達を通じて彼らが全うされるというのですが、何が、如何に全うされるというのか…実に興味深い聖句であるというのです。
約束のものが何であるのかを祈ってみましょう。
“神様!貴方は私達に何を与えると約束してくださいましたか?”
“その約束のものを私達が受けるにあたっては、昔の信仰のエリートの方々も、私達と共に働かれるというのですか?…。”
そんなふうに月に向かって星に向かって、そして神様に向かって祈ってみたいものです。そうしたら、きっと何かの答えが返ってくるに違いありません。