✳️2019年1月17日(木曜日)

✳️2019年1月17日(木曜日)
✳️天基9年・天暦12月12日

🔷今朝のみ言葉🔷
時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。…」

(旧約聖書.創世記.第12章1-2節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣ おはようございます。🌅🎍☃️🐇
朝焼けの雲が空に浮かぶ、爽やかに晴れた冬の朝です。
今朝の聖句は、創世記の中にあるアブラハムの召命の場面に心が止まりました。
原理を学んだ私達は、アブラハムの召命にはひとかたならない神様の摂理的な意図があったことを知っています。アブラハムという一人の人物の信仰に、アダム以降の2000年という歳月の失われた神の家庭的な基台を再建するという深い意図です。
アブラハムが、神の実質的な召命を受けたのが75歳の時であったと聖書には書かれています。アブラハムのそれまでの生き様を観察しながら、神様は、この男で良い!この男に託して行こう!と決められたのかもしれません。
人の選択と決定は、神の特権です。自分の思いから来るものではありません。アブラハムは徹底的に神のみ前には謙遜な人間であったに違いありません。自己主張や自分の誇示は、アブラハムには見当たらない性質であったに違いないのです。そんなアブラハムが、75歳にして神の召命を受けました。人生の夕暮れ時に差し掛かるつつある時、神の声が彼に臨んだのです。
私達一人一人の人生も、不思議なる神のみ手の中にあると言っても過言ではありません。いつ何処でどんな時に、神様からの召命が来るやも知れません。
以前、教会の献身の頃には、人事を受けたなら3日以内に行動せよ!との状況もありました。今でも国の主要機関にある者達にとっては、トップからの命令には、迅速に対応して行かなければならない状況であるに違いありません。そこには、自分の主張はありません。
亨進二代王様と共にある私達も、神の御旨の共同相続人であり運命共同体であり心情有機体であるとも言えるでしょう。
行け!と言われたら行き、持て!と言われたら持ち、構え!と言われたら構え、打て!と言われたなら、打つことができる私達でなければならないのです。
アブラハムという人間を見つめておられた神様があったように、私という存在を見つめておられる神様もまた有るのです。