✳️2019年1月12日(土曜日)

✳️2019年1月12日(土曜日)
✳️天基9年・天暦12月7日

🔷今朝のみ言葉🔷
そのとき、十二弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれていたユダに、サタンがはいった。すなわち、彼は祭司長たちや宮守がしらたちのところへ行って、どうしてイエスを彼らに渡そうかと、その方法について協議した。彼らは喜んで、ユダに金を与える取決めをした。ユダはそれを承諾した。そして、群衆のいないときにイエスを引き渡そうと、機会をねらっていた。

(新約聖書.ルカによる福音書.第22章3-6節より)

[山口聖殿ニュース]
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1️⃣ おはようございます。🌅🎍☃️🐇
今朝の聖句は、聖句とも言えないような聖句です。すなわちそれは、イスカリオテのユダの背信の場面を描く聖書の記事でもあるからです。どうしてこんな聖句に心が注がれたかと言えば、李ヨハネ先生の聖和を通じてお父様の生涯について思いを馳せてみたからです。
イエス様の生涯は短く、33年の歳月の中で公生涯と言える期間はわずか三年です。その期間の中で、弟子達に出会いイスカリオテのユダとも出会ってその辛酸を舐める体験をするのですが、お父様の生涯は93年です。考えてみればお父様はその生涯の中で、どれほど多くのイスカリオテのユダのような人々と出会って行かれたことでしょうか!
お父様を信じお父様に従い、お父様の弟子としてその生涯の歩みを決意しながらも、背信し棄教してはお父様を裏切り讒訴し、さらにはお父様を告発しながらお父様の死を願っていった者達がどれほど多かったことでしょう。その者達は、お父様を嘲笑しては唾を吐きかけ、お前の何処が再臨主であるのかと審判官であるかのように振舞いながら、自分が正義の刀を持っているかのようにお父様をさんざんに傷つけていったのです。
お父様を売っては自分の生活の糧にしながら、そこに寄ってたかってお父様を嘲笑罵倒することで多くの利益を貪っていった周辺のおびただしい者達…。
数多くのユダが現れ、そのユダ達によって何度も売られて行った人類の真のお父様、それでも十字架を担いながら、彼らの不信と背信を神様にとりなしながら、アダムとエバの過ちを自分の責任のように考えては真の愛と祈りで全てを超えて行かれた真のお父様、その生涯の偉大さを忘れることができません。
人類歴史は、背信の山に囲まれ溢れています。神様の痛みは何処までも染み付き、涙の川筋がいく筋にも流れ、悲しみの涙が泉のように湧き出ています。
亨進二代王様も、そのような人々の背信の果てに荒野に立たされました。その荒野で木を切りながら開拓の道を歩みながら、今立ち上がって行こうとされておられるお父様の後継者なのです。