✳️2019年1月9日(水曜日)

✳️2019年1月9日(水曜日)
✳️天基9年・天暦12月4日

🔷今朝のみ言葉🔷
わたしはダビデのために
そこに一つの角をはえさせる。
わたしはわが油そそがれた者のために、
一つのともしびを備えた。
わたしは彼の敵に恥を着せる。

しかし彼の上にはその冠が輝くであろう。
(旧約聖書.詩篇132篇17-18節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣ おはようございます。🌅🎍☃️🐇
朝焼けの雲が、美しく空全体にたなびいています。日本海側や北日本には多くの積雪があった様子、こんな日の朝には雪に陽の光が映えて美しい朝を迎えたに違いありません。
今朝の聖句は、ダビデを称える主の賛辞です。神によって油注がれた者を、神がどれほどの思いをもって見つめて行かれるのかを考えさせる聖句です。
これらの聖句を思う時、亨進二代王様はどれほどの思いをもって私達に油をそそがれ、どれほどの思いをもって鉄の杖を握らせ、どれほどの思いをもって頭に王冠を被らせておられるのかを思うのです。
その昔、神に油をそそがれたダビデは、全能者に近いを立て、神の家を建てて神に安息の場を供えるためには、自分の家に入らず、自分の寝台の上で眠らないとの誓いさえ立てるのです。(詩132/5)
すると神は、ダビデに誓います。
“わたしはあなたの身から出た子のひとりを、あなたの位につかせる。”(詩132/11)
この言葉は、やがて具体的に神の家たる神殿を建てて行くソロモンの出現の預言ともなり、そして後のイエス・キリストの降臨の預言ともなって行くのです。
この油そそがれたダビデの信仰の基準、心情の基準こそ、私達が尋ね求める生活の基準ではないかと思うのです。そのような基準を目指しつつ日々の中に立ちたいものです。そうすれば、私達の頭に被る冠もその輝きを増して行くに違いありません。