✳️2019年1月8日(火曜日)

✳️2019年1月8日(火曜日)
✳️天基9年・天暦12月3日

🔷今朝のみ言葉🔷
さて、イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家におられたとき、ひとりの女が、高価な香油が入れてある石膏のつぼを持ってきてイエスに近寄り、食事の席についておられたイエスの頭に香油を注ぎかけた。すると、弟子たちはこれを見て憤って言った、「なんのためにこんなむだ使いをするのか。それを高く売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。イエスはそれを聞いて言われた、

「なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ..」
(新約聖書.マタイによる福音書.第26章6-10節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣ おはようございます。🌅🎍☃️🐇
朝もやの中、人達が忙しく職場に足を運んでいます。人も車も自転車も皆忙しそうです。
今朝の聖句はマタイ伝の後半部分ですが、イエス様の十字架が近づく中で、ひとりの女がイエス様の頭に高価な香油を注ぐというの有名な場面です。
ヨハネ伝の12章にもこれと似た話があり、香油を注いだのは死から復活したラザロの妹マリヤであったと記されていて、それを見て憤った弟子はイスカリオテのユダであったと明記されています。
シモンの家とラザロの家の違いがあるのですが、何れこのような出来事がイエス様の周囲にあり、その行為に対して弟子たちが憤りを発したそんな状況があったと見て取れる聖句です。
女が香油を塗る行為はさておき、どういうわけか今朝は、弟子達がそれを見て非難し憤りを覚えてイエス様を批判した事実に関心が行くのです。
イスカリオテのユダの中に湧き上がったという思い、女の行為を放置しなすがままにさせているイエス様の姿、その姿を見ながら、ユダの中には強烈に批判の思いが湧き上がっています。
“彼は本当にキリストなのか?単なる女好きの男ではないのか?高い香油を無駄に使わせて、それを喜んで放置するなんて考えられない!俺はこんな男のために三年もの歳月を無駄にしてしまったのか!…。彼の論理のどこが正しいというのか?言うこととやることが違うじゃないか!バカバカしい…。”
イエス様の言葉の中に、弟子はその師以上のものではない(マタイ10/24)、との言葉があります。しかし明らかにその時のユダは、イエス様以上の判断力の中にある人間となっているのであり、その立場とその視線で強烈にイエス様を批判するのです。
最終的に彼が至った結論は、“彼はキリストではない!”という結論です。そうして彼は、イエス様を祭司長達に売り飛ばす決意を固めるのです。
ユダの抱いたこのような感情は、偏に堕落性です。彼の中にある堕落性がサタンを招くのです。そうしてサタンはユダの中に入り、ユダを狂わせます。
亨進二代王様のもとにある私達でさえも、つい自分の判断を優先させてしまい、天の側に立っておられる王様を批判してしまうとも限りません。心して歩みたいものです。人間は、ややもすれば自分の基準に引きずり落として物事を考えやすい性格があるからです。自重しつつ歩むべき2019年ではないかと思います。