✳️2018年12月27日(木曜日)

✳️2018年12月27日(木曜日)
✳️天基9年・天暦11月21日

🔷今朝のみ言葉🔷
実際、わたしたちの主イエスの来臨にあたって、わたしたちの望みと喜びと誇りの冠となるべき者は、あなたがたを外にして、だれがあるだろうか。あなたがたこそ、実にわたしたちのほまれであり、喜びである。
(新約聖書.テサロニケ人への第一の手紙.第2章19-20節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣2️⃣ おはようございます 🧤🤶🎂🐇
寒波到来の予報の今朝ですが、外は快晴の青空の朝を迎えました。朝陽に映えた雲が空に美しく佇んでいます。
今朝の聖句はテサロニケ人への手紙からですが、当時のギリシャ第二の都市であったテサロニケにいる信徒へ、コリントにいたパウロが書き送ったパウロ書簡の中でも比較的早い初期の段階における書簡とされているこの手紙です。
この中でパウロは、テサロニケにいる信徒達を激励し、あなたがたこそ自分達の誇りであり喜びであり、冠そのものである…と信徒達を称えています。
異邦人へと向かっていった伝道の初期の段階において、異邦人であるギリシャの人々が、ユダヤ人であるイエス様をキリストと信じる信仰に至って行く奇跡的な状況を見つめながら、ユダヤ人であるパウロ達はどれほど感動しながらも、どれほど彼らの信仰を心配し心を砕いていった事であったでしょうか!
ユダヤ人でなければこの信仰は根付いて行かないのではないだろうか?との心配も伝道師達の間ではあったのではないかと思うのですが、瞬く間に異邦人であるギリシャ人やローマの人々の中にイエス・キリストの福音が伝わって行く様を見る時、人の思い計らい以上に神様の心情は異邦人へと向かっているという事を確認せざるを得ないパウロ達であったに違いありません。
そんな時には、固定的な自分の思いなど何の役にも立たないものであり、むしろギリシャ人やローマ人の信仰的な存在そのものが、結果的にはパウロ達伝道師における義の冠そのものとなっていったという歴史的な事実を、私達もまた知って行く必要があるのです。
亨進二代王様に向かう私達の信仰においても、固定的な観念からの脱却も必要とされる世界も少なくないのであり、家庭連合時代に築いて来たこうだああだとの観念において運行される神様ではないことを二代王様の中に見ることも少なくありません。
この観点から見る時に、神様・イエス様・そして聖霊のこの三位神が一つとなり、真のお父様の霊的な指示の中で現在の摂理が運行されているということを、祈り悟りながら前進して行くべき私達であるとそのように思うのです。