✳️2018年12月4日(火曜日)

✳️2018年12月4日(火曜日)
✳️天基9年・天暦10月27日

🔷今朝のみ言葉🔷
わたしの義を助け守られる神よ、
わたしが呼ばわる時、お答えください。
あなたはわたしが悩んでいた時、
わたしをくつろがせてくださいました。

わたしをあわれみ、わたしの祈りをお聞きください。
人の子らよ、いつまでわたしの誉をはずかしめるのか。
いつまでむなしい言葉を愛し、
偽りを慕い求めるのか。
しかしあなたがたは知るがよい、
主は神を敬う人をご自分のために聖別されたことを。
主はわたしが呼ばわる時にお聞きくださる。
(旧約聖書.詩篇.第4篇1-3節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣2️⃣ おはようございます 🧤🤶🎂🐇
街を彩る銀杏の金の葉っぱが、バラバラと風に舞って地面に落ちて行きます。街には急速に、ホウキを立てたような木が立ち並び始めました。
今朝の聖句は、再びダビデの詩篇からですが、わたしの義を助け守られる神よ!との神様への呼びかけが印象的です。
思えばダビデは、実に敵の多い人でした。ゴリアテを倒して以降のダビデはペリシテ人全体を敵に回し、更にはイスラエルの家においても妬みや嫉妬の対象となり、激しくその生命を狙われる存在となりました。
敵も味方も敵となり、追いに追われた彼は、敵ペリシテ人の居城の巣の中にさえその身を隠すような道にまでも追いやられて行きました。
“わたしの義を助け守られる神よ!”
ダビデは幾度となく、そのような言葉を神様に捧げて行かれたに違いありません。
もしもダビデの行く道に、神の義の世界がなかったとすれば、ダビデは敵の手に捕まってしまったに違いないのですが、ダビデは自分の歩みのその中に、神の義という世界を確信しながら歩んでいたに違いありません。
イエス様が来られた時の福音のみ言葉の始めにも、“まず神の国と神の義とを求めなさい!”(マタイ6/33)とあります。
神の義という世界が、どれほど尊い世界であるのかということを思う時、神の義という世界を私達はつくづくに考えて行く必要性があるのです。
この神の義という世界を慕えば慕うほど、行おうとすればする程に、神の義に逆らおうとする者からの迫害は大きくなり、追及の魔の手が伸びて来るのかも知れません。ですから人は往々にして神の義を追求したがらず、せいぜい自分の義の追求に満足しようとするのですが、神の義に立とうとする人は自分の義は捨ててでも神の義の前に生きようとするのです。
実にダビデはそんな人でした。しかしダビデは、最後には勝ちを収めました。彼は死なずに生き伸びて、遂にはイスラエルの王となり、イスラエルはダビデを誇りとする時代を迎えて行ったのです。
お父様の道も、亨進二代王様の道もその通りです。神の義を立てる道には勝利があるというのです。そのことを信じて私達も前進するのです。