✳️2018年12月1日(土曜日)

✳️2018年12月1日(土曜日)
✳️天基9年・天暦10月24日

🔷今朝のみ言葉🔷
主よ、わたしをさばいてください。
わたしは誠実に歩み、
迷うことなく主に信頼しています。
主よ、わたしをためし、わたしを試み、

わたしの心と思いとを練りきよめてください。
(旧約聖書.詩篇.第26篇1-2節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣2️⃣ おはようございます 🧤🤶🎂🐇
今日から12月に入りました。薄い霞たなびく穏やかな土曜日の朝です。
今朝の聖句は詩篇の一節ですが、
“わたしの心と思いとを練りきよめてください!”
との言葉が印象的です。
単純に、心と思いとを練りきよめるという世界はとても大切であると思います。
心と思いが練られ清められていなければ、人間としての柔軟性がありません。その柔軟性がなければ、人との対立が多くなり、偏屈で頑固なちょっと怖い人間になってしまいます。
ですから、誠実に歩み主に信頼し、その上で主に裁かれ、主の試練と試験とを受け、自身の心と思いとを練りきよめて行くことはとても大切であるに違いありません。
主の試練と試験は並大抵のものではなく、あるいは死に目に合うようなことも少なくないでしょう。モーセは神の召命を受けてエジプトへイスラエルの民を解放しようと出発する時、神様から死の危険の伴う試練を受けたと言われています。
とすれば、私達も同様です。何かの使命を帯びて決意して一歩前へ進んで行こうとすれば、試練と試験とが待ち構えます。神の裁きと否定とが待ち構えているのです。
そんな時、どのようにして前進できるかです。モーセの時は、モーセ自身の力で超えたのではありません。妻チッポラと息子ゲルショムが、モーセの行く道を開くための悟りと行為を成してその試練を超えたのです。
ですから、一つ一つの神の裁きと試験とを超えて行くには、悟りの世界が必要です。自分一人だけの悟りではありません。それは自分を取り巻く家族全体の悟りが必要であったりもするのです。その世界が人間の五%であり、その五%の世界を尽くして行くことを通して私達の心と思いとが練り清められて行くに違いありません。
お父様のみ言葉に、
“へたばるな、天理を外れなければ自動的に発展する。死なずに残りなさい。”
とあります。
私達もこの12月、死なずに生き残って2019年の時を迎えて行きたいものです。