✳️2018年11月29日(木曜日)

✳️2018年11月29日(木曜日)
✳️天基9年・天暦10月22日

🔷今朝のみ言葉🔷
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。
(新約聖書.マタイによる福音書.第6章33-34節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣1️⃣ おはようございます 🥜🍃🎻🐿
銀杏の木が葉を落として、黄金の絨毯を木の周りに敷き詰め始めました。晩秋の節、ひときわ鮮やかに葉は散って行きます。
今朝の聖句は、誰もが知っているイエス様の言葉なのですが、多くの奥義に満ちています。
“まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。”
これらのこととは、食べることであったり、着ることであったりするのですが、それらのものは、神の国と神の義とを求めてさえいれば、神様によって全て添えて与えられる…というものです。
だから、明日の事は思い煩う必要はない!とイエス様は続けて語られました。
明日の事は、明日自身が思い煩らえば良い!と語り、一日の苦労はその日一日だけで十分である…と教えるイエス様です。
お父様のみ言葉の中にも、昨日を誇り、今日を奪われず、明日を待つ者となろうとの言葉があります。日一日をしっかり立てて行くことの重要性と必要性を教えて行かれたお父様です。
今日に思い煩う今日の成すべきことをしっかり成して今日を奪われず、一日の全てを清算して明日を迎えるという、そのような日々の積み重ねの中で神の国と神の義とを尋ね求める歩みをなして行くべき私達であるに違いありません。
思い煩いに振り回されて、昨日を誇れず今日を奪われ、明日が来るのを恐れる生活であるとするならば、これは問題です。そんな生活では、神の国も神の義も、自分自身の世界から遠ざかってしまいます。
信仰者の道は打撃を受けることも多いのですが、打撃を受けた時こそ、私の時が来たのだと思って謙遜に受け入れて行きなさいと教えるお父様の言葉があります。
今日を奪われてはなりません。たとえ打撃が大きくても、謙虚に受け入れしたたかに、その打撃を神の国と神の義への供え物にして行かなければならないのです。