✳️2018年11月28日(水曜日)

✳️2018年11月28日(水曜日)
✳️天基9年・天暦10月21日

🔷今朝のみ言葉🔷
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。

(新約聖書.マタイによる福音書.第11章28-30節より)

[山口聖殿ニュース]

1️⃣1️⃣ おはようございます 🥜🍃🎻🐿
11月の時も残すところあと3日、時は刻々と初冬の風を吹かせています。
今朝の聖句はマタイ伝の有名な聖句です。
全て重荷を負うて苦労している者は、私の元に来なさい!というこの聖句を看板にしている教会もあるほどです。
ここでイエス様は、そんな風に重荷を負って苦しんでいる者は私の元に来なさい!と語られ、そうして私は柔和で心のへりくだった者であるので私の軛を負いつつ私に学びなさいと語られ、私の軛は負いやすく、私の荷は軽い!と語りながら、そうすればあなたがたの魂に休みがあるいは安らぎが与えられる…と言うのです。
くびき(軛)とは、農作業の時の牛の首に付けて牛の動きをコントロールする部具なのですが、イエス様は一体どんな思いでこの軛という言葉を持ち出したのでしょうか?そのように考えてみると、実際私達は、サタンの悪魔の主権の中で、悪魔の手による労務の中で、どこか首根っこを掴まされながら軛を課せられ苦しんで生活している群であるとも言えるのです。すなわちサタンに仕え、サタンによる奴隷生活に甘んじ、サタンに使われるがままに生涯を過ごしてしまうという状況です。
ですからイエス様の呼びかけは、このようなサタンの奴隷であり手先のような状態からの分立をはかり脱出をはかって、私の元に来なさい!との切迫感のある呼びかけなのです。
お前達は元々神の子であるから、サタンの軛を追う必要はないのだ!私の元へ来い!栄光への脱出をはかれ!と言わんばかりの言葉です。
確かに、イエス様の元へ来たとしても成すべき軛は軛としてあるのですが、その軛は負いやすく荷も軽いと言うのです。
皆さん!確かに私達は、いろいろな軛を負った生活の中にあることは事実です。負って意義と価値のある軛もあるのですが、負うべき必要のない軛を背負わされ、いたずらな苦痛と涙の中に大切な人生の多くの時を費やしてしまう場合も少なくないに違いありません。
神は哀れみ涙を流し、愛する者達の救済のためにひとり子イエス様を遣わして、私達の首からサタンの軛を取り去ろうとして下さっているというのです。
どの様にすれば自分の首から悪魔の軛を取り去ることができるのかと言えば、イエス様を神の子であると信じる信仰により、そしてイエス様の言葉を信じ行う実践により、イエス様と一つとなった条件が成立することにより、そのようになることができるというのです。
悪魔の軛と、イエス様の軛と、どちらが良いのか?最後は選択が迫られます。