✳️2018年10月27日(土曜日)

✳️2018年10月27日(土曜日)
✳️天基9年・天暦9月19日

🔷今朝のみ言葉🔷
「わたしの子よ、
主の訓練を軽んじてはならない。
主に責められるとき、
弱り果ててはならない。
主は愛する者を訓練し、
受けいれるすべての子を、
むち打たれるのである」。

あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。だれでも受ける訓練があなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生児であって、ほんとうの子ではない。その上、肉親の父はわたしたちを訓練するのに、なお彼をうやまおうとすれば、なおさら、わたしたちは、たましいの父に服従して、真に生きるべきではないか。
(新約聖書.ヘブル人への手紙.第12章5-9節より)

[山口聖殿ニュース]
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🔟 おはようございます 🍏🍁🦈🚴‍♂️
朝まだ暗い外を見れば、露が降りてあたりは湿っています。10月最期の土曜日、今日を過ぎれば、明日は聖日を迎えます。
今朝は、主の訓練を軽んじてはならない!との思いが湧いてきて、ヘブル書のこの聖句を選びました。
私達は、いろいろな場において、亨進二代王様が教会の食口達を訓練している姿を見ています。時にはそれが柔術の訓練であったり、射撃の訓練であったり、キャンプの訓練であったり、あるいは伝道の訓練であったりするのですが、訓練は決して平易なものではなく時には過酷で血を流したり、あるいは倒れこんでうずくまってしまう程のダメージの時も多く見受けられます。
このような訓練を受けると、この厳しさから逃れたいという思いが湧いたり、どうして自分がこんな訓練を受けなければならないのか?などの思いに再悩まされたりもするのですが、しかし腹の底では、主の訓練を軽んずるなかれ!この思いが、どこからともなく湧いて来ることも事実であるに違いありません。
たとえアメリカにいなかったとしても、み言葉を通じて亨進二代王様の訓練の号令は私達に届いているのであり、私達もまたその訓練に参加して行かなければなりません。
身体を鍛え、心を鍛え、武術に励み、サバイバルの訓練もして、如何なる状況下であったとしても生存できるような訓練も必要とされるのであり、その訓練を通じて私達自身が、鉄の意志と鋼のような肉体を備えて、如何なる試練をも克服しうる自分自身を主の前に備えて行かなければならないのです。
聖句にも、
“いったい、父に訓練されない子があるだろうか。だれでも受ける訓練があなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生児であって、ほんとうの子ではない。”
とあります。
主の訓練を受けるということは、亨進二代王様が、私達を子として取り扱い、ご自身の腹心として自分自身の体の延長のような存在として扱って下さっているというのです。
ですから、私達にとって訓練は必要です。その訓練を通じて鍛錬される自分自身を発見して行かなければなりません。
主の訓練こそ、ハレルヤ!なのであり、その道を通じて神の愛を知り、神の許しに悔い改めて感謝の涙を流して行くのです。