✳️2018年10月21日(日曜日)

✳️2018年10月21日(日曜日)
✳️天基9年・天暦9月13日

🔷今朝のみ言葉🔷
見よ、わたしは不義のなかに生まれました。
わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。
見よ、あなたは真実を心のうちに求められます。
それゆえ、わたしの隠れた心に知恵を教えてください。
ヒソプをもって、わたしを清めてください。
わたしは清くなるでしょう。

わたしを洗ってください。
わたしは雪よりも白くなるでしょう。
わたしに喜びと楽しみとを満たし、
あなたが砕いた骨を喜ばせてください。
み顔をわたしの罪から隠し、
わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。
神よ、わたしのために清い心をつくり、
わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。
(旧約聖書.詩篇.第51篇5-10節より)

[山口聖殿ニュース]
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🔟 おはようございます 🍏🍁🦈🚴‍♂️
今日は日曜日、聖日礼拝の朝です。
この一週間、朝のみ言葉のテーマは、聖霊の役事という摂理的な内容を理解し深めることに努めてきたように思います。
そのような中で、皆さんの中にインマヌエル・神我と共にあり!との感覚に至り得ているでしょうか?
あるいは、
“その日には、わたしはわたしの父におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう。”
などの聖句が、皆さんの心の中に根を降ろしはじめているでしょうか?
今朝の聖句はダビデの詩篇からですが、罪を犯したダビデの悔い改めの言葉として広く知られる聖句です。
この中でダビデは、自分は不義の中で生まれた者であることを告白し、自身を清めて欲しいことを神様に祈るのです。
“ヒソプをもって、わたしを清めてください。わたしは清くなるでしょう。わたしを洗ってください。わたしは雪よりも白くなるでしょう。”
これらの言葉は、亨進二代王様の聖霊の役事の祈りの中でも語られている言葉です。
聖霊の力で、私を清めてください!私を洗ってください!…。とそのように祈りながら、悪に打ち勝つ力を私達の中に植え付けて下さいとの祈りをこの役事の中で語っておられるのです。
一体私達はどのようにして、神様の前に立てる存在であると言えるのでしょうか?どのようにして自身の中にインマヌエルを見出すことができるのでしょう?
自身の中に備えられているという聖霊の輝きに、どのようにすれば辿り着けるのか…それらを思う時に、ある意味では絶望的なまでに自己の汚れと醜さと惨めさにおののくばかりの自分自身でもあるのです。
その中には傲慢という木が植えられ、自己中心という根が生え、驚くほどに排他的で攻撃的な芽が芽生え、悪なる欲望の手が勝手にうごめく世界があるのです。
誰がこのような惨めな自分を解放してくれるのでしょうか?どうすれば自らの罪と汚れが清められるのでしょうか?
切って捨てなければならないものが余りにも多く、焼き滅ぼさなければならないものに満ち溢れている私達なのです。
神は褒むべきかな!亨進二代王様は何の権威をもってして、私達に聖霊の役事の恩恵をもたらすに至ったのでしょうか?何の条件があって私達が聖霊の役事の恩恵にあずかることができるのでしょうか?
ダビデは語ります。
“神よ、わたしのために清い心をつくり、
わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。”
ある意味では、一方的な神様からの恩恵を尋ね求める以外、私達には何の力もありません。砕けた魂と悔いた心を神様の前にあらわにして、後は聖霊の火で焼いてください!と、その姿勢しか私達には無いのです。
隣の家の雨戸を開ける音が聞こえます。私達も心の窓を開けて、今日の日の聖霊の役事を受け入れて行きたいものです。
●君は愛される為、生まれた
(日本語, 4分)