✳️2018年10月20日(土曜日)

✳️2018年10月20日(土曜日)
✳️天基9年・天暦9月12日

🔷今朝のみ言葉🔷
わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。もうしばらくしたら、世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。

わたしが生きるので、あなたがたも生きるからである。その日には、わたしはわたしの父におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう。わたしのいましめをいだいてこれを守る者は、わたしを愛する者である。わたしを愛する者は、わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し、その人にわたし自身をあらわすであろう。
(新約聖書.ヨハネによる福音書.第14章18-21節より)

[山口聖殿ニュース]
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🔟 おはようございます 🍏🍁🦈🚴‍♂️
朝日が眩しく伸びる朝、雲だけではなく近くのマンションの建物も陽に映えて赤く染まっています。
今朝の聖句は、ヨハネ伝の有名な聖句であり、最後の晩餐の時のイエス様の言葉として知られている聖句です。
この言葉は、もちろん2000年前のイエス様の言葉ではあるのですが、この言葉をふと真のお父様の思いに重ね合わせて読んでみました。するとこの言葉が、そのまま真のお父様の思いであり心として浮かんでは、私達の心に語りかけて来る思いを感じます。
“わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰って来る。”
まさにそれが、真のお父様としての心情ではないでしょうか!
“もうしばらくしたら、世はもはやわたしを見なくなるだろう。しかし、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからである。”
お父様が死んで亡くなったからには今後は生きておられるお母様(韓氏オモニ)の指示に従って協会の運営を成す…との指令の下に、新しい改革を次々と行っていった当時の家庭連合でしたが、この聖句からすると、お父様は死んで亡くなったお父様ではなく、実に生きて目に見えて働かれる真のお父様であることを知るのです。そのことを思えば、どれほど真のお父様の心情を痛め傷つけてしまった家庭連合の姿であったでしょうか。
“その日には、わたしはわたしの父におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう。”
そしてこれが実に有名な聖句です。生前のお父様もよくこの言葉を引用されて私達に数多くのみ言葉を語ってくださいました。
そして実にこの言葉は、聖霊の役事の核心とも言える言葉であり、キリストは神の中にあり、そして私達はキリストの中にあるということを語ってくださる尊い聖句でもあるのです。
私達がキリストの中にある!
イエス様の中に生きる!
真のお父様の中に生きる!
この聖霊役事の尊さは、私達の人格を造り変えて行く要因でもあるのです。
さらに、
“わたしのいましめをいだいてこれを守る者は、わたしを愛する者である。わたしを愛する者は、わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し、その人にわたし自身をあらわすであろう。”
今日、亨進二代王様は真のお父様の戒めを守りみ言葉を守りながら、真のお父様を愛することに身悶えして行かれました。私達は、そのような亨進二代王様の真実を知りまた証しする者達です。
従って真のお父様は、亨進二代王様にご自身を現され、二代王様を通じて見える形で今日の神様の摂理を主導し主管されておられるのです。
ここで再び、イエス様の思いと心情に立ち返って見ましょう。最後の晩餐に、イエス様はどれほどの思いを込めてこれらの言葉を語って行かれたのでしょうか!
それらのことを思う時、神様によって遣わされた神のひとり子という方の余りにも崇高極まりない姿を思うのです。同時にまた、行かれる十字架の道がひとえに私達の罪からの解放のための犠牲の道であったとするならば、その申し訳なさに悔いる心に満たされるのです。