✳️2018年10月9日(火曜日)

✳️2018年10月9日(火曜日)
✳️天基9年・天暦9月1日

🔷今朝のみ言葉🔷
主を恐れるとは悪を憎むことである。
わたしは高ぶりと、おごりと、悪しき道と、
偽りの言葉とを憎む。
計りごとと、確かな知恵とは、わたしにある。
わたしには悟りがあり、わたしには力がある。

わたしによって、王たる者は世を治め、
君たる者は正しい定めを立てる。
わたしによって、主たる者は支配し、
つかさたる者は地を治める。
わたしは、わたしを愛する者を愛する。
わたしをせつに求める者は、わたしに出会う。
(旧約聖書.箴言.第8章13-17節より)

[山口聖殿ニュース]

🔟 おはようございます 🍏🍁🦈🚴‍♂️
露の白さと陽の光と、赤みがかった紅葉の葉っぱが風に揺れています。流れる水音、鳥のさえずり、鈴虫の音などが耳を澄ませば聞こえてきます。
今朝の聖句は箴言に求めました。
“主を恐れるとは悪を憎むことである。”
大切な言葉です。
堕落した人間を見れば、そもそも主を恐れることもなく悪に対しては実に寛大であり寛容です。主を恐れるという思いを心の中に定めることができません。思いの中心に主なる神様があるのではなく、思いの中心に悪なる自分自身を掴みやすいのです。そういう堕落人間の性が私達を支配しているのです。
箴言の第1章7節には、
“主を恐れることは知識のはじめである。”
とあります。
この“主を恐れる!”という心の姿勢を、私達は取り戻して行かなければなりません。
そうして、高ぶりやおごり、あるいは悪しき道、それに偽りの言葉などを自分の中に憎んで、それらの思いにくみしない自分自身を強め育てて行かなければならないのです。
今朝の箴言の最後には、
“わたしは、わたしを愛する者を愛する。”
とあり、そして、
“わたしをせつに求める者は、わたしに出会う。”
とあります。
神様を愛する者となり、神様に出会って行く道は私達の本分でもあるのです。
主を恐れる思いから主に祈りを捧げる者となり、主の前におのれの罪を嘆く立場から解放されて主に讃美を返す者でありたいと思うものです。