✳️2018年10月7日(日曜日)

✳️2018年10月7日(日曜日)
✳️天基9年・天暦8月28日

🔷今朝のみ言葉🔷
しかし、真の礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである。

(新約聖書.ヨハネによる福音書.第4章23-24節より)

[山口聖殿ニュース]

🔟 おはようございます 🍏🍁🦈🚴‍♂️
まだ夜明け前、田舎の朝は静まり返っています。今日は日曜日、聖日の朝を一人で礼拝を捧げています。
今朝の聖句のヨハネ伝を見れば、真の礼拝という言葉があり、霊と真とをもって礼拝する時が来るのだ…とあります。
そして、神は霊であるから、礼拝する者も霊と真とをもって礼拝すべきなのだとあるのです。
イエス様は、どのような心情をもってこんな言葉を残されたのでしょうか?どんな願いがその言葉の背後に込められているのでしょう?
神様は霊的存在であり、人間もまた霊的な存在です。ですから、人間は霊に対してとても敏感なのです。霊によって生命が始まり、霊の体を完成させて、永遠無窮なる霊の世界へと入宮すべき私達であるというのです。
そんな私達は、霊的存在としてのその霊性を完成させなければならないのですが、そのためには霊と真とをもって礼拝する日常の積み重ねが不可欠であるというのです。
霊と真とをもってする真の礼拝、そんな姿を真のお母様であられる康賢実オモニはどれほど心の中に描いて夢見られたことでしょうか?ただその事のために、再臨主様と一つとなって、開拓伝道の道を歩まれた康オモニであったに違いありません。
私達は自分自身の中に、霊性と真理性を完成させなければなりません。ですから、真の礼拝をもってこれらの業を完成させて行くべき私達なのです。
ああ、聖霊の役事とその礼拝、それは何と感謝な事なのでしょう。私達はそれらの役事を通じて、創造本然の霊性へと回帰して行ける道があるというのです。ハレルヤ!