✳️2018年10月5日(金曜日)

✳️2018年10月5日(金曜日)
✳️天基9年・天暦8月26日

🔷今朝のみ言葉🔷
主に信頼する者は、動かされることがなくて、
とこしえにあるシオンの山のようである。
山々がエルサレムを囲んでいるように、
主は今からとこしえにその民を囲まれる。
これは悪しき者のつえが、

正しい者の所領にとどまることなく、
正しい者がその手を
不義に伸べることのないためである。
主よ、善良な人と、
心の正しい人とに、さいわいを施してください。
しかし転じて自分の曲がった道に入る者を
主は、悪を行う者と共に去らせられる。
イスラエルの上に平安があるように。
(旧約聖書.詩篇.第125篇1-5節より)

[山口聖殿ニュース]

🔟 おはようございます 🍏🍁🦈🚴‍♂️
空には雲が流れ、川の流れの音もまた、自然の中に溶け込むようにザーッと流れ続けます。山里の木々の葉っぱは、赤く色付き始め、鳥達のさえずりも何処彼処聞こえてきます。
今朝の聖句は詩篇です。
“主に信頼する者は、動かされることがなくて、とこしえにあるシオンの山のようである。山々がエルサレムを囲んでいるように、主は今からとこしえにその民を囲まれる。“
美しくも頼もしい言葉です。私達も、主に信頼する者として動かされることのない者達でありたいと思うところです。
事実私達は、いろいろな要因によって動かされやすい存在です。
不幸があれば神様を忘れ、悲しみがあれば神様を呪い、苦しみがあれば神様に反逆しやすいのです。それらの根と要因は自分自身にあるにもかかわらず、責任の所在を自分以外のものに、ことさら神様その方それ自体に転化してしまいたい性質を持つ堕落人間の姿です。
アブラハムは変わらない人であり、イサクもヤコブもそうでした。一旦主を信じて主を受け入れた後には、如何なる試練の中でさえ心変えることなく、動かされることのない信仰の中で生涯を貫いた方達だったのです。そのような信仰の姿勢が、人類史の善なる状況を形成して来た人々の内なる伝統として残されて来ました。
それらの伝統の基盤の上に立って、真のお父様は、私達に、絶対信仰・絶対愛・絶対服従というみ言葉を示されました。
ですから私達は、信仰において愛において、そしてさらにはその生き様の姿勢において、神様のみ前においては絶対的に動かされることのない存在でなければならないのです。
私達がそのような人間であるとするならば、悪しき者のつえが、正しい者の所領にとどまることはない…と教えてくださる聖書であるのです。
その最後に、
“イスラエルの上に平安があるように…”
とあるように、絶対信仰・絶対愛・絶対服従の姿勢と伝統の上には、平安がもたらされるに違いありません。ハレルヤ!