✳️2018年9月24日(月曜日)

✳️2018年9月24日(月曜日)
✳️天基9年・天暦8月15日

🔷今朝のみ言葉🔷
主なる神の霊がわたしに臨んだ。
これは主がわたしに油を注いで、
貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、
わたしをつかわして心のいためる者をいやし、
捕われ人に放免を告げ、
縛られている者に解放を告げ、
主の恵みの年と、

われわれの神の解放の日とを告げさせ、
また、すべての悲しむ者を慰め、
シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、
灰にかえて冠を与え、
悲しみにかえて喜びの油を与え、
憂いの心にかえて、
さんびの衣を与えさせるためである。
こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、
主がその栄光をあらわすために
植えられた者ととなえられる。

(旧約聖書.イザヤ書.第61章1-3節より)

[山口聖殿ニュース]

9️⃣ おはようございます 🍇🌾🌙🐎
今朝は十五夜、満月の夜ですが、雲が空を覆って星も見えず月の姿もありません。しかし外は明るく、虫の音が辺りに満ちています。今日は秋分の日の振替休日、夜が明ければ秋を探しに野外に行く人も多いに違いありません。
今朝の聖句はイザヤ書の61章からですが、油を注がれた者に関する記述です。ここにはいろんなことが書かれているのですが、神の霊に触れてその頭に油を注がれた者とは、どんな人になって行くのかに関する示唆が見えます。
今日、亨進二代王様が礼拝の度ごとに、いろんな方々に聖霊の役事を施しておられますが、二代王様は私達をして義のかしの木へと作り変えて行きたいのだと思います。ですから、油を受けた者たちには、義のかしの木としての責任と使命とがあるのです。それは、心痛める者を癒す使命であったり、悲しむ者に喜びを与える使命であったり、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げる責任と使命であったりするのです。
すなわち聖霊の役事は、ただ単に自分のためだけにあるものではなく、より為に生きる者となるために与えられる神様からの愛の霊による祝福であるというのです。
十五夜のお月さんが夜の空を照らせば、少々の雲があっても外は明るいのです。私達が神様の霊を受けて油を注がれた者になれば、私達も満月の月のような者になって、暗闇の世界を明るくする光ある者にもなれるのです。
亨進二代王様がなさっておられる聖霊の役事は、やがてこの世の闇を解放し救済して行く大いなる原動力となって行くに違いありません。今後の神様の聖霊の役事がどのように展開して行くのか…私達は歴史の中にある神様の証言者となって行くに違いありません。
●劉会長は大変感動的な証しをしました
(日本語, 27分)