✳️2018年9月22日(土曜日)

✳️2018年9月22日(土曜日)
✳️天基9年・天暦8月13日

🔷今朝のみ言葉🔷
主は高くいらせられるが低い者をかえりみられる。
しかし高ぶる者を遠くから知られる。
たといわたしが悩みの中を歩いても、
あなたはわたしを生かし、
み手を伸ばしてわが敵の怒りを防ぎ、
あなたの右の手はわたしを救われます。

(旧約聖書.詩篇.第189篇6-7節より)

[山口聖殿ニュース]

9️⃣ おはようございます 🍇🌾🌙🐎
穏やかな土曜日の朝、ふと遠くの銀杏の木を見れば心なしか少し黄色く色づき始めたように見受けられます。庭の片隅のヒガンバナもしっかりとその茎を伸ばし、あとは真っ赤な花で飾るばかりです。
聖霊の役事についてこの週は、ずっと思い考えています。原理の勉強はして来たのですが、聖霊の役事については、その認識が乏しかったのです。しかし、意識して聖霊の役事について思い考えてみれば、いつ如何なる時でさえ、聖霊の役事が今までの私達のいろんな時を支え導いてきてくださった…との思いがこみ上げてくるのです。
それが聖霊の役事であることに気がつかないまま、何か自分なりの思いと意識と努力のみに心が捕らわれたまま、聖霊の役事に感謝することもなく生きてきたこれまでの生き様であったように思うのです。
しかしこんな私達に対してさえも、聖霊はその役事を行使して導いてきて下さいました。私達が罪を犯すときには、忍耐し諌めながら、それでもじっと我慢して私達を見捨てずに、私達の再生の時を信じて、私達に僅かの善に迎え立つ条件が成る時には、速やかに守り導いて来られた聖霊の役事がそこにはあったと思うのです。
再び昨日の聖句が心をよぎります。
“わたしはどこへ行って、あなたの御霊を離れましょうか。わたしはどこへ行って、あなたの御前を逃れましょうか。わたしが天に昇っても、あなたはそこにおられます。わたしが陰府に床を設けても、あなたはそこにおられます。“
もしも私達の日常に、聖霊様の愛の役事が無かったならば、私達の日常は暗黒の暗闇でしか無かったに違いありません。もしも聖霊様が役事が私達の生きる道に無かったとするならば、イエス様に出会う道も、お父様に出会う道も、私の中における真実の人間としての自分自身に出会う道さえ無かったのです。
その聖霊様の役事を、私達に蘇らせ悟らせてくださって、私達を盤石の成約聖徒にして下さろうとする亨進二代王様であることを私達は知って行く必要があるのです。
その聖霊様の役事に、感謝であり、二代王様とその役事に、感謝、ハレルヤ!と叫ぶ思いがこみ上げてくるのです。