✳️2018年8月8日(水曜日)

✳️2018年8月8日(水曜日)
✳️天基9年・天暦6月27日

🔷今朝のみ言葉🔷
わたしは命のパンである。あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である。

(新約聖書.ヨハネによる福音書.第6篇48-51節より)

[山口聖殿ニュース]
今日ので夏季セミナーは、
「聖書に見るギデオンやサムソンの人生」です。

8️⃣ おはようございます 🍧🏊‍♀️🏕🌻
今朝も太陽が青空を支配しています。気温は37℃、そんな日が続いています。
昨日は、聖殿セミナーでモーセや出エジプトを果たしたイスラエルの民達について学びました。
今から3600年も前の時代の出来事ですが、その頃、モーセという特異な人物の指揮のもとに、エジプトの国からイスラエルのカナンの地へと400年の時を超えて帰還するという200万人から成る約束の民という民達があったのだという話です。
空前絶後の出来事です。その道を、なんと彼らは40年もかけて実現して行くのですが、40年もの間にエジプトを出発した民のほとんどが絶命し、エジプトからカナンへの荒野時代に生まれた者達が、カナンへの帰還を果たしたというのです。
今朝のイエス様の聖句は、その荒野時代にマナという神様が与えたパンを食べたにもかかわらず荒野に倒れたイスラエルの民を語っているのですが、そのことと対比させ、わたしは命のパンである…わたしを食べる者は、いつまでも死なない…との言葉を語る内容です。
ご自身を命のパンであると語り、荒野でマナを食べたながらも倒れて死んでいったイスラエルの民と対比させながら、イエス様は一体何を語りたかったのでしょうか?
わたしは命のパンであるということは、わたしを食べよ!ということです。わたし(イエス様)を食べたら、死から命へと蘇るというのです。
ここにキリストの本質を見るのです。キリストとは、人々に食べられるためのパンの役割を果たすために神様から遣わされた方であるというのです。アンパンマンも同じです。人の窮地を助けるためにパンである自分自身を与えるのです。そういう方がキリストです。
お陰様で、私達はイエス様というパンを食べて生きることができる者達となりました。イエス様以降の2000年間、もしもイエス様というパンが無ければ、人間達がまともに育たなかったことは事実です。
そうして人類には、再臨主という新しい決定的なパンが神様によって与えられる時代がやって来ました。そのパンの栄養素は、抜群の力で私達を神様に近づけるパワーを与えてくれたのです。
そういうパンを大切にして生きて行きたいものです。
ちょっと油断すると、マナを食べても感謝もせず他の食べ物にばかり目がくらむのです。そうしたなら死にかかる砂漠の中にある私達です。
しっかり感謝して、再臨主のパンをいただき、亨進二代王様のパンをいただいて健全に命を得て行きたい私達であると考えるのです。