✳️2018年6月27日(水曜日)

✳️2018年6月27日(水曜日)
✳️天基9年・天暦5月14日

🔷今朝のみ言葉🔷
もし違ったことを教えて、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉、ならびに信心にかなう教に同意しないような者があれば、彼は高慢であって、何も知らず、ただ論議と争いとに病みついている者である。そこから、ねたみ、争い、そしり、さいぎの心が生じ、また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、

はてしないいがみ合いが起こるのである。しかし、信心があって足ることを知ることは、大きな利得である。わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。ただ衣食があれば、それで足りるとすべきである。
(新約聖書.テモテ第一の手紙.第6章3-7節より)

[山口聖殿ニュース]
来たる7月1日の聖日礼拝は、韓国より李相烈王様会長を迎えての礼拝となります。

6️⃣ おはようございます ☔️🐌🐸🍒
曇りの空ではありますが、雨はなく、鳥たちの声が賑わしく騒いでいます。道行く人の姿も忙しそうです。
亨進二代王様の全米での活躍は、日本にいる私達サンクチャリアンの食口達の心をも浮き立たせ勢いづかせる要因となっていることを感じます。ワシントン・ポストによる、好意的?とも言えるほどの論評に、胸を張って行きたい私達であることは間違いありません。
今や全米の人々の注目の中にある亨進二代王様となり、保守系の愛国者達に知られる亨進二代王様となってきているということは、神様の恵みであり、天地人真の御父母様による大いなる役事であることは疑う余地もありません。
このような中で、私達がいかなるサンクチャリアンであるべきか?という問いかけが今まで以上に重要となってきていることを感じます。亨進二代王様が注目される時代であるということは、やがて私達にもその社会的な注目が注がれて来るに違いありません。
イエス様の周りに集まった弟子達の資質をもってイエス様は判断されてきましたし、真のお父様にしてまたしかりでした。
そのような意味では、私達はいつの時代であれ、私達の資質いかんに関わらず、キリストの救いの業の同参者であり、共同相続人でもあるのです。従って、イエス様もお父様も、私達自身の姿をもって、批判もされ賞賛もされてきたのです。
さてそんな中で、私達が如何にあるべきか?と考えるのですが、聖書には、
“信心があって足ることを知ることは、大きな利得である。“
という言葉が書かれています。
信心があって足ることを知る!この言葉に今日は心が止まりました。
それでは、信心があって足ることを知るという世界はどんな世界なのでしょうか?
聖書にはその次にこのように書かれています。
”わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。ただ衣食があれば、それで足りるとすべきである。”
足ることを知る!というこの言葉が、どこか今朝は心に残りました。
焦る必要もなく、悔やむ必要もなく、憤る必要もなく、悲しむ必要もありません。
主に出会った喜びと感謝で足りる心で、亨進二代王様とともに行こうとすれば良いのではないかと、そのように感じます。
いろんな言葉が行き交う時節、足ることを知る!との聖書の教に心注がれる朝です。