✳️2018年6月24日(日曜日)

✳️2018年6月24日(日曜日)
✳️天基9年・天暦5月11日

🔷今朝のみ言葉🔷
神よ、わたしをあわれんでください。
わたしをあわれんでください。
わたしの魂はあなたに寄り頼みます。
滅びのあらしの過ぎ去るまでは、
あなたの翼の陰をわたしの避け所とします。

(旧約聖書.詩篇.第57篇1節より)

[山口聖殿ニュース]

6️⃣ おはようございます ☔️🐌🐸🍒
明るい日曜日の朝となりました。しかし僅か一週間ほど前には、大阪で地震もあり不意に亡くなられた方もいました。
思いを巡らせ考えてみれば、いろんな困難が私達の周りには満ちています。それらの困難さの日常の中で、どのような信仰の日々を勝ち取って行けるのか?、しばし自分に問いかける私達でもあります。
個人的には知恵も力もあるわけでもなく、若い頃の信仰の情熱の時を過ぎて自身の肉体の衰えに愕然としながらも、それでも亨進二代王様の骨肉であらんとしながら、気力だけで自分を支えている者達も少なくないはずです。
ある意味では、こんな自分が亨進二代王様の骨肉であるとしたなら申し訳ないとして、尻込みしてしまいかねないほどの思いの中で途方にくれている方々も少なくないに違いありません。
希望と絶望という言葉がありますが、私達堕落人間はややもすると何かの困難に直面した場合、絶望的な思いにかられやすい弱さを抱えています。
しかし、その絶望的な心情を、希望的な思いへと昇華させて結びつけて行くのが信仰の道でもあるのです。
今朝の聖句は詩篇の聖句ですが、ダビデが自分の仕えていたサウル王から追われて、洞窟の中に逃げ延びた時の詩と言われています。
その中でダビデは、
“滅びのあらしの過ぎ去るまでは、あなたの翼の陰をわたしの避け所とします。”
と語っています。
自分を殺そうとする王の軍勢が迫って来るとしたなら、どれ程の絶望感でしょうか?しかしダビデは、神様への不変の信仰の中から、希望の一点を見つめ続けていたのです。
私達の中で真なる希望があるとすれば、それは神様の中に、あるいは神様と共にあるという心情に自分自身が至り得る時でもあるのです。
従って、神の原理を学んだ私達には希望があると言えるのです。
良き日曜日、良き聖日礼拝の一日でありますように…。