✳️2018年6月21日(木曜日)

✳️2018年6月21日(木曜日)
✳️天基9年・天暦5月8日

🔷今朝のみ言葉🔷
こころの貧しい人たちは、さいわいである、
天国は彼らのものである。。
悲しんでいる人たちは、さいわいである、
彼らは慰められるであろう。

柔和な人たちは、さいわいである。
彼らは地を受けつぐであろう。
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
彼らは飽き足りるようになるであろう。
あわれみ深い人たちは、さいわいである、
彼らはあわれみを受けるであろう。
心の清い人たちは、さいわいである、
彼らは神を見るであろう。
平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
彼らは神の子と呼ばれるであろう。
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、
天国は彼らのものである。
(新約聖書.マタイによる福音書.第5章3-10節より)

[山口聖殿ニュース]

6️⃣ おはようございます ☔️🐌🐸🍒
田舎の朝に耳を澄ましていると、実に多くの鳥達の様々な声が聞こえてきます。実際住民が少なくなった田舎には、多くの獣達の姿も増え始めています。
亨進二代王様の説教を聞いて行くと、そこには神の王国という概念が明確に伝えられているのを感じるとともに、その王国を必ず成すとの強い意志を感じます。そしてそこには、イエス様が作って行こうとされた神の国・天国理想にその原点を見つめ、イエス様の意志を尊重しておられる姿をも感じられるのです。
イエス様の意志を思う時、その宣教において最初に語られたのが、今朝の聖句に紹介するこのガリラヤ湖畔での山上の垂訓であったと言われています。神の王国に対する強いメッセージです。
この中でイエス様は、さいわいな人とはどんな人かと言う時に、心の貧しい人達、悲しんでいる人達、柔和な人達、義に飢え乾いている人達、憐れみ深い人達、心の清い人達、平和を創り出す人達、義のために迫害されてきた人達、そんな人達こそさいわいであると言うのです。そしてそのような人達によって、天国が創られて行くのだと教えておられるのです。
この中で、心の貧しい人達はとはどんな人かというならば、真理を見出せなくて苦しんでいた人達を指す言葉であると言えるでしょう。
事実私達を思えば、真理の中心である方が何処にあるのかを見出せなくて苦しんでいた者達であったとも言えるのであり、その私達にも神様は、亨進二代王様を与えてくださったとも言えるのです。
今時代は、神による神様の王国を建設して行く時代であるのです。
そのためには、既存の偽りの王国の仮面を剥いで行かなければなりません。事実社会には、その既存の王国の欺瞞を暴く人々が多く現れているのです。私達が何気なく、当たり前だと信じているその世界の中に、実に多くの欺瞞と偽善と暴虐と搾取の構造が潜在し、悪の社会的な構造が作られているのです。
その世界を分析し審判する目と心を持つ者と私達自身も成長してゆきながら、新たなる時代である天の王国建設に前進して行きたいものです。