autumn (30)

✳️2017年11月9日(木曜日)

✳️2017年11月9日(木曜日)
✳️天基8年・天暦9月21日

🔷今朝のみ言葉🔷
あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
(新約聖書.ヨハネによる福音書.第14章1〜3節より)

[山口聖殿ニュース・礼拝案内]
🔹第14回公開礼拝・2017/11/12(日)
🔹第15回公開礼拝・2017/12/17(日)
🔹第16回公開礼拝・2018/1/14(日)
(※場所はカリエンテ山口です)

🍅 おはようございます 🍅🍃🏹🏈
昨日韓国を発ったトランプ大統領は、今日は中国・北京で朝を迎えていることでしょう。北京の故宮(紫禁城)を夫妻同士で歩く中で、彼らの思いの胸中はそれぞれどうであったのだろうなどと考える朝です。
そんな朝に聖書を開くと、ヨハネ伝の今朝の聖句に目が止まりました。
この聖句は、イエス様が捕まる前の晩の有名な最後の晩餐において弟子たちに語った言葉の一つです。
“あなたがたは心を騒がせるな!神を信じ、私を信じなさい!”と語るイエス様の言葉に、どこか心打たれるものがあったのです。
この聖句の場面は、イエス様が十字架を超えて行かれる神の楽園の世界で、弟子たちの行く住まいも整えておくので、安心して信仰の道を全うして来なさい!との激励が背後にある聖句なのですが、イエス様の愛と慈しみがにじみ出ている聖句です。
確かに、ユダヤ教においては律法が主体となり、厳格な主人としての神という存在が強くイメージされる時代だったのですが、イエス様が来られて以降のキリスト教の時代においては、神様との関係性においてイエス様が父母の役割をもって人と関わるという質的な変化がもたらされる時代へと至ったのです。
それにしても、”心を騒がせるな!神を信じ、私を信ぜよ!”と語るイエス様の思いの境地とは、どれ程の心情の世界なのでしょうか!驚くばかりの恵みの境地です。
今の時代は、心の騒ぐ時代です。何にしても心の騒ぎに振り回される日々です。心が騒いで取り乱し、心の基準が上がったり下がったりしやすいのです。
昨日までの自分が嘘のように傲慢になったり卑下したり、自分を信じていたはずなのに信じられなくなったり、人に対して無性に腹が立ったり嫌いになったりと様々な心の騒ぎに再悩まされやすいのです。あるいは、金銭の悩みや仕事の悩み、そして将来への不安など、心を騒がせる要因は少なくありません。
そんな私達に語る言葉が、”心を騒がせるな!”です。そして、”神を信じ、私(キリスト)を信ぜよ!”と続くのです。
皆さん!、ありがたい言葉だとは思いませんか?
私達がどれ程心騒ぐ境地があったとしても、神を信じ、キリストを信じる道においては、心を騒がせる必要はないのです。
問題なのは、神を信じ、キリストを信じる心の姿勢を失った時なのです。そんな時、私達は決定的な過ちを犯してしまうのです。
今朝、北京のトランプ大統領と習近平主席はどのような朝を迎えていることでしょうか?
トランプ大統領は、今朝、神の前にひざまずいて祈っておられるように思えて仕方ありません。少なくとも、ペンシルバニアの亨進様は、切実な祈りを捧げておられることでしょう。
習近平主席は如何でしょうか?虎視眈眈と今日の成り行きを自分の頭の中でイメージしているのかも知れません。
果たして、神の勝利はどちらに輝くでしょうか?願わくは、霊界の真のお父様が、その二人の会談の場を主管されますようにと祈るものです。今日のその場を、神様が共にあることを祈る朝です。