summer (93)

✳️2017年7月12日(水曜日)

✳️2017年7月12日(水曜日)
✳️天基8年・天暦5月19日

🔷今朝のみ言葉🔷
主よ、わたしは知っています。
人の道は自身によるのではなく、
歩む人が、その歩みを
自分で決めることのできないことを。
主よ、わたしを懲らしてください。
正しい道にしたがって、怒らずに懲らしてください。
さもないと、わたしは無に帰してしまうでしょう。
あなたを知らない国民と、
あなたの名をとなえない人々に
あなたの怒りを注いでください。
彼らはヤコブを食い尽くし、
これを食い尽くして滅ぼし、
そのすみかを荒らしたからです。
(旧約聖書.エレミヤ書第10章23〜25節より)

[山口聖殿ニュース・礼拝案内]
🔹第11回公開礼拝・2017/7/16(日)
🔹第12回公開礼拝・2017/8/6(日)
🔹第13回公開礼拝・2017/9/17(日)
🔹第14回公開礼拝・2017/10/8/(日)
(※場所はカリエンテ山口です)

7️⃣ おはようございます 🏕🍉🐳🌻
朝の静かなしじまの中に、今朝の聖句を見い出し、これを書いています。

”人の道は、自分自身によるのではなく、歩む人が、その歩む道を自分で決めることができないことを…”

“主よ、私を正しい道において懲らしめてください。さもないと、私は無に帰してしまうのですから…”

思いがけない道を歩み、思いがけない人と出会い、思いがけない所で生活し、思いがけない問題を抱え、思いがけないことに悩み苦しみ、思いがけない喜びに出会いながら私達は生きています。
キッチリと計画的な人生を組み立てながら生きれる人もいるとは思うのですが、多くの場合は思わぬ人生の連続であるに違いないのです。
神様に悲しみがあるとしたなら、人間の堕落です。それは神様にとっては、思いもかけない出来事であったに違いありません。
お父様に悲しみがあるとしたなら、妻の反逆です。その事実は、私達においてさえ、知りたくもなければ考えたくもない内容です。誰もが真の父母は一つである…との誇りを失いたくはなかったのです。
ユダヤ人は未だにイエス様の十字架の責任を自分達の不信仰に帰そうとはしません。それは人類を救済するための神の予定であったと、巧妙なすり替えです。
人が、自分自身の価値を無に帰して考えざるを得ない時とはどのような時なのでしょうか?自分自身の正当化をはかり、神の裁きに対して不従順な時です。
“ヤコブを食い尽くして、そのすみかを荒らす…”という概念は、不信仰に陥るイスラエル民族に対して度々語られる概念です。昔の話ではありません。同時性という言葉は、これらの内容が今の時代においても通じるとの証なのです。
それでは私達は、いかに生きるべきなのでしょうか?お父様は語ります。み言葉にしたがってその通りに生きる以外ないのだ…と。