spring (23)

✳️2016年5月6日(金曜日)

✳️2016年5月6日(金曜日)
✳️天基7年・天暦3月30日

🔷今朝のみ言葉🔷
伝道の書12章7節に「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る」とあります。肉身は土の要素なので、老衰すれば土に帰りますが、内なる人である霊人体は神様から来たので、完成して神様に帰るのです。
(原理本体論ー273pーより)

♋️ おはようございます 🌿🍒🎏🍄

昨日は晴天、今日は再び曇天の朝となりました。黒雲に覆われ、一陣の風さえ激しく通り過ぎます。降り始めた雨脚の音に負けじと、鳥の鳴き声も伝わってきます。
旧約聖書の伝道の書12章7節が、今朝のみ言葉です。「ちりは土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る」含蓄の深い言葉です。
創世記の2章7節には「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹き入れられた」とあります。命の息とは、霊人体のことを語るのですが、これまた含蓄の深さは言うまでもありません。
これらを総合すると、私達という存在は霊人体を持ち合わせているのであり、永遠性の中に生きる存在なのだということになるのです。ということは、肉身生活のこの地上生活時代だけが全ての人生ではないという結論となるのです。
霊界で永遠に生きる自分自身である!と、皆さん、本当にそのように考えていますか?人生観の基準を永遠性を伴う基準において見ていますか?それとも現実世界ですか?
私達が、人生観の基準を何処に見定めるかは、地上時代を生きるにおいて重大な判断の違いを提示してしまいます。
正しい人生に対する判断をする為にも、霊界への認識を持つことは大切なことに違いありません。