2015/1/30(金曜日)

*2015/1/30(金曜日)
*天一国2年  天暦12月11日

~  今日のみ言葉  ~

“み言葉をみ言葉として分からない人は、み言葉の審判を受けるのです。私達は、死んだとしてもみ言葉を千秋万代の後代の前に残して行かなければならないのです。”

(み旨の道ーみ言葉ーより)

[?]  おはようございます  [?][?][?]

再び強い寒波が日本全体を覆う朝です。多くの地域が雪景色で覆われていることでしょう。

今朝のみ言葉は正しくみ言葉の章ですが、み言葉をみ言葉として果たしてどれ程理解できているか?と問う内容です。

皆さん、如何でしょう?私達はこれまで、み言葉と語られる多くの資料に接し多くの理解を重ねてきているように思います。その体験と人生の積み重ねが、今の自分自身を形成していると言っても過言ではありません。

そこにおいて私達は、どれ程自分自身に確信を抱き自分自身を誇りとする日々を形成しているでしょうか?

み言葉は人生観や価値観となり、自分をして他の人には見られない優位性を発揮させる原動力にもなるはずです。

少なくとも、み言葉を知らないで生きる人生よりも、み言葉を知って生きる人生の恵沢の方が優れたものであるという事実を私達は否定出来ないのです。

しかし、現実は理解の度合いです。そこにおいては個人差があるのです。神様はしかし、落後者を出したくないのです。審判したい神様ではありません。

み言葉がみ言葉として、全ての人々に受肉される日の来ることを願われる神様であることを私達は理解して行かなければなりません。

原理本体であられる神様は、原理を抱いておられます。その原理が万民に共有されて始めて天国が来るのである!という事実を深く理解して行きたいものです。