2015/1/27(火曜日)

2015/1/27(火曜日)
*天一国2年 天暦12月8日

~ 今日のみ言葉 ~

“天が立てようとした歴史的な体と、天が探し立てようとした天宙的な心に成っているかを、絶対的な基準で探してみる時が来るのですが、その時が審判の日なのです。”

(み旨の道ー審判ーより)

[?] おはようございます [?][?][?]

霞がかった空に白い太陽が浮かび始めました。雨に濡れた木々の葉が光を浴びて輝く朝です。

今朝のみ言葉は審判の章です。審判の日とはどの様な日であるか?と問う内容です。

とするとその答えは、天が立てようとした歴史的な体と心に成っているかを絶対的な基準で探す時だと言うのです。神様が人探しをするような話です。

問題は絶対的な基準です。絶対的な基準とは絶対者であられる神様の中にある基準であると考えられます。
その神様の中の絶対的な基準から鑑みて、天の思いに叶う体と心を備えているかを探索するというのです。

しかも、体は天願う歴史的結実を求め、心は天願う天宙的な心を求めるというものです。

それに叶うものは天の倉に納め、叶わないものは放り去るという話です。それが審判の日だというのです。

これだけ考えると、何と神様は慈悲の無い神様のように見えます。神様は慈悲の無い神様なのでしょうか?

違います。不良品は再創造して時を待たなければなりません。又労力を注ぐのです。しかし、不良品ばかりが多いときは収穫の主人は余りにも惨めなのです。

収穫の時期が来たのに、何の収穫もない時の主人の惨めさと悲しみは想像を絶するのです。最終的には自分を責めるだけなのです。それが神様でありお父様です。

審判の日、それが終末時代です。今がその時代であることを考えて己自らを天に備えて行く努力をして行きましょう!