聖殿のニュース

●李相烈(イーサンヨル)会長「私がお前を選んだ」2017.12

Author
fujio kim
Date
2019-12-09 11:42
Views
541


時:2017年12月
場:2017年最後の日曜礼拝
所:カリエンテ山口

アボニムは康賢實(カンヒョンシル)チャムオモニムを(真の母として)定められました。その定められた時、

康賢實チャムオモニムに(真の母として定められたことを李会長が姜先生に)お話ししたら、カン先生は、「私はできない」(と言われました)

なぜなら、アボニムが生きておられる時、(アボニムがカン)チャムオモニム本人に対して、「あんたは私と因縁がない」と言われたというのです。

なぜ因縁がないか。

(アボニムが言われるには)この姜(カン)の字が上に2つの角(つの)がある王の字。そして下に女の字。だから、女の頭の上に王を載せ、角が2つある女子は因縁がない。

そういうふうに言われたというのです。

アボニムが生きておられる時は、「私と因縁がない」と言われたのに、なぜ聖和されてから、私を選ぶのか?これは違うようです」と(カンオモニが)言われたのです。

私が(カン先生の)自叙伝を読んでみたら、アボニムが2010年にカンヒョンシルチャムオモニムに養子を下さいました。養子にその息子(が生まれた時に)、…だから(カンオモニの)孫ですね。その(生まれたばかりの)孫に名前を付けられた時に、「康」の字を(姓として)書いて下さいました。

その安らかなという意味の「康」の字は角が一つしかありません。角が一つしかない安らかなという意味の「康」の字を書いて下さったのです。

それでその時、(カン)チャムオモニムは、「なぜ(アボニムは)人の姓を(勝手に)変えるのか」とこのように考えたというのです。

それで、(李会長がカンオモニに)その話(孫の姓が「康」であったという話)をして差し上げたら、(カンオモニムは)「あっ、そうですね」と言われたのです。

そして、アボニムが(文亨進二代王を通じて)康賢實(カンヒョンシル)チャムオモニムに「統一教オモニ」と言う言葉を下さいました。

私たちが聖經(せいきょう=聖書)を読んでみたらハナニムがマルスムを下さる時に、いつも二つの言葉で(言われます)。

だから、韓氏(ハンシ)オモニがアボニム聖和以後にチャムオモニムとして使命を果たされていたなら、私たち統一家(とういつか)はどれほど早い速度でハナニムの王国が地上と天上に成されていたでしょうか。

しかし、アボニムは、韓氏オモニがそのアボニムの御旨を成して差し上げることができない時に、それに対する代案を持たざるをえなかったのです。だから、康賢實チャムオモニムにそのような部分をアボニムはすでにお話しをすべてされていたのです。

そういう話を私がしてあげたら、康賢實チャムオモニムはああ、もう一度、アボニムが選ばれたことについて心で
決定される時に、助けて差し上げたと言えるかもしれません。

それで真の子女の日の次の日、水曜日でした。水曜日はいつも王任(ワンニム)が韓國語でマルスムを
下さいます(=説教をされる)けれども、王任は私に、「マルスムをしなさい」と言われたのです。

それでマルスムをしてから昼食をチャムオモニムをお迎えして、私の妻といっしょに、昼食の時に、チャムオモニムがこう言われたのです。「私はまだ不足です」。

それで私が言葉を差し上げました。「オモニム。チャムアボニムの前に不足でない者がだれがいますか?アボニムがチャムオモニムを選ばれるときに、不足な事を分からないで選ばれますか?」そういうふうに言葉を差し上げました。

「そうです。合っています」。(康賢實オモニが)祈禱したらアボニムが康賢實オモニムの口を通してアボニムの言葉が出て来たというのです。

どんな言葉をアボニムが言われたのかというと、「私がお前を選んだ。私の息子がお前を選んだ」。そういうふうに言われたというのです。

それで私が再び言葉を差し上げたのは、「アボニムの為にも今からは『私が不足だ』と言われてはいけません」

その言葉を差し上げたら、「クレヤジ(そうしないとね)」(と康オモニが言われました)。

私たちがチャムオモニムの為に、少し大きな拍手を一度差し上げましょう。
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